今度の選挙戦は大き別れなしでは語れません。 10月3日、候補を取り下げた日に阿智の巨星の原利正さんが倒れました。 午前10時の常任委員会に少し遅れて来た利正さん、 ちょうど今度の選挙戦についてこれから展望を相談していました。 利正さんが来て早々 「私、候補を取り下げるかもです」 「そうかな。それは!曽我さんかな。よし分かった。新たな闘いになるな」 そんな会話が最期でした。亡くなったのは公示日の10日。 一週間、大先輩の魂は肉体と精神と行き来しながら全ての力を使ったのではないかと思います。 3日の夜に学習会で倒れた巨星が空の星になってしまったです。 ずっと阿智をはじめとするこの地域を輝かし続けてくれること間違いなしです。 20日のお葬式に遅れて自宅にお線香あげに駆けつけました。 同級生の方がいらしてて、 「一緒に富士山に登ろうって約束していたのに」と語られてました。 利正さんは中学生の時から「敵はつくらんのな」と語っていたそうです。 同級生の方は「男なら相対するときはあってしかるべき」と論争になった時も「不戦」を貫いたそうです。 物事の本質を見定める洞察力を生まれながらにして持ち合わせた方だったんだなと思います。 息子の岳史くんがお礼の挨拶で「一番無念だったのは父だと思います」と語ったそうです。 利正さんの分まで生きなければ、そして新しい時代をこの飯田下伊那で切り開かなければと心から強く思います。 選挙はドラマがたくさん生まれます。生活と繋がっているし、明日への期待が託された1票1票だからこそ。この1票を裏切るわけにはいきません。 亡くなった人の分までしっかりと受け止めて、また一歩踏み出そうと思います。 9月末と投票日に喬木の不屈の志を持つ同志とのお別れもありました。 その分曽我逸郎さんをはじめ、新しい出会いもありました。 明日へ一歩ずつ。一言一言を伝える努力を何よりも大事に。